七夕会話・3年目





「じゃあね、!」
「うん、また明日。」
 今日の講義を終え友達と別れた後、バイトに行こうと大学の門を出る。
 時間を確かめるために取り出した携帯のディスプレイを見て、そういえば今日は七夕なんだと思い出した。
 ぼんやりと曇った空を見上げてがっかりしたのは、伝説の二人が会えないからじゃなくて。
「……会いたいなぁ。」
 年に一回、なんて織姫さまたちほどじゃないけど、そう頻繁には会えない人を想ってのことで、目頭が勝手にじわりと熱くなった。


 羽ヶ崎学園を卒業した後、お父さんのお仕事を手伝うためにイギリスに帰ってしまったクリス。
 ほんの少し過ごせただけの恋人同士の時間は、合えない日々を埋めるには短すぎて、毎日が寂しくてたまらないのに。
 年々忙しさを増すクリスが日本に来る回数も、大学の単位を取るのに忙しい私がイギリスに行く回数も、会いたい気持ちに反比例して減ってきてる現状。

 どうなっちゃうのかな、私達。
 灯台の伝説を信じて揺れる心を繋ぐには、イギリスは遠すぎる。
 手にしたままの携帯電話にポツリと雨粒が落ちて、はっと我に返って携帯をカバンにしまった。
 いけない、バイト遅刻しちゃ……う?
 あわてて大学の門を出ようとした私の目に、思いがけない姿が飛びこんできて、思わず目を見張った。

「……クリス!?」
「タダイマ〜、ちゃん!」
 呆気にとられる私をよそに、クリスはいつもの懐っこい笑顔で私を抱き締める。
 ふわりと広がる温もりと、クリスの匂いに涙が出そうになる。
 疑問も不安も焦りもなにもかも吹き飛んで、ただ愛おしさで心が満たされて。
「……お帰りなさい。」
 やっとのことでそう言うと、優しく細められた青い瞳が近づいた。



「ゴメン、やっぱバイト休めなくて……」
 折角クリスと一緒にいられるのに……。
 申し訳ないのと私自身が一緒に居たいのとで思わずうなだれると、クリスは色の薄い眉を少しだけ下げて笑った。
「謝らんでダイジョウブ。ボクが急やったから。」
 大好きな優しい笑顔。少し大人びたけど、変わらないそれにホッとして私も笑顔を返した。
「ありがと。……でも、どうしたの?」
 クリスの言葉に、吹き飛んでた疑問がよみがえる。
 嬉しいけど、と首を傾げると、少しだけ切なげな瞳をしたクリスの両手が私の頬を包んだ。
ちゃんに会いたかったから。」

 少しひんやりとした手のひらが、すぐに私と同じ温度になる。
 そんな小さなことにも側にいる実感を憶えながら、ふわりと風に揺れるクリスの髪に指を伸ばした。
「……私だって、クリスに会いたいって思ってるよ、いつも。」
 ずっと会いたいって思ってて、だけど簡単には会いに行けないから、苦しくて。
 なのにこんな風に会いに来るなんて、どうせすぐに離れてしまうのに。
 微かな非難が滲む私の言葉に、クリスは困った様に微笑んで私を抱き寄せる。
「うん。……いつもやったら、どんだけ会いたくてもむっちゃ頑張って我慢すんねんけど……」
 ……我慢なんて、しなくていいのに。
 なんて自分勝手なことを思いながら身体を擦り寄せると、そんなことはお見通しだとばかりに、宥めるように頭を撫でる熱。

「二人が一緒にいるせいでオシゴトできんよーになったら、周りの人たちに認めてもらえへんくなる。
 そりゃ、周りの人がどう言おうと、ボクはずぅっとちゃんと一緒におるよ?
 せやけど、ちゃんはホンマに大事な大事な人やから、みんなに祝福してもらいたいねん。」
「……クリス、それって」
 ずっと一緒に、って……それってつまり
 言葉に込められた意味に、みるみる集まる頬の熱。
 蕩けそうな優しい瞳をしたクリスが満足そうに頷いた。

「せやから……もうちょっと、待ってて?
 誰にも文句いわれへんようになって、迎えに来るから。」

 決定的な言葉と共に、私の左手を持ち上げたクリスが
ちゃんに似合いそうなん見つけて、会いたいん我慢できんくなってしもた。」
 薬指の煌めきに、情けないわぁってふにゃりと笑った。





「ほな、バイト頑張ってな?」
「うん、クリスもお仕事頑張ってね!」
「また連絡する〜……スイマセン、空港まで。」
 クリスの乗ったタクシーが走り去るのを見送り、ふぅと短いため息と共に寂しい気持ちを振り払った。

 7月7日、束の間の逢瀬。
 だけど私たちは、七夕の二人とは違う。
「さて、今日も頑張りますか!」
 気合を吐いてドアを開け、力強く前に足を踏み出した。

 二人が一緒にいられる未来に向かって





02.反面教師 × クリストファー・ウェザーフィールド

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