「おまえその切り方雑すぎ。」
私の手元を見た瑛くんが、からかうような口調で言う。
何事も器用にこなす瑛くんは、すぐにこうやって不器用な私をからかって遊ぶんだ。
とはいえ、千切りとかなら不器用なのも一目瞭然なのだけど、人参の乱切りで雑とか言われるとサスガに悲しいぞ。
ということで
「そんなことないよ!一つ一つ心を込めて切ってます!」
技術面ではあえて反論せず、気持ちの問題にしてかわしておいた。
「なるほどな。」
なおも何か言いたそうにした瑛くんだったけど、私が手にしてる包丁を見てこれ以上の刺激は危険だと判断したらしい。
「なぁ。俺、かなりハラヘリー。」
突然甘えるように言うと、私の服の裾を掴んで引っぱってくる。
そのあまりのカワイさに私は心の中で悶えていたりして。
こういうとこ、前にはなかった”男の余裕”みたいな感じがして、逆にドキドキしちゃうってわかってやってる?
「はいはい。ちょっと待っててね?」
「うそだー。その切り方でちょっとで済むわけないじゃん。煮込むの時間かかるんだろ?」
……チッ。料理のできる男は誤魔化せないのね。
「子供みたいなこと言ってないで、おとなしく待ってなさい!」
言い含めるのを早々に諦めた私は、無理やり上に立って話を強引に打ち切った。
ちなみに今作ろうとしてるのはカレー。軽く見積もっても『ちょっと』一時間は待って欲しい代物。
「ガマンして欲しいなら、煮込んでる間……分かってるよな?」
したり顔でにやりと笑う瑛くんの言いたいことは明白なのだけど。
「分かりませんー。知りませんー。聞こえませんー。」
にべもなく却下
「ひっで……。」
傷ついたように呟く瑛くんも当然無視した。
ようやく出来上がったカレーとサラダを並べると、一人用のテーブルは一杯になる。
もっと大きいの買わなきゃなぁなんて考えると、これから続く幸せの予感で頬が緩む。
「ニヤニヤすんな。」
そう言う瑛くんの頬も、ふにゃりと緩んでて。
「いいの!嬉しいんだもん。」
開き直って言い放つと、瑛くんがすごく優しい顔で笑った。
「……どう?」
「うん、美味い!」
「良かった!」
瑛くんの言葉と表情に、ホッと息をつく。
バイト先で教えてもらったオリジナルのレシピで初めて作ったから、結構不安だったんだよね。
「じゃあ私も食べよっと!」
「ああ。たくさん食べて大きくなれよ?」
とりあえず今の発現はスルーして、スプーンを口に運ぶ。
うん!美味しい!
そう言おうと瑛くんを見た私のこめかみから、つぅっと汗が流れた。
「う!?」
ついで、全身からぶわっと汗が吹き出す。
「か……っ、辛ぁい!!」
忘れてた。
私って辛いの苦手だったんだ。
「この程度で何を……って、ホントに辛そうだな。」
平然とした顔で食べ続ける瑛くんの顔は汗ひとつかいてない。ガマンしてるわけじゃなくて、本当に平気みたい。
「水、水ー!」
瑛くんの差し出してくれた水を飲んで、やっと落ち着いた私は完全に涙目だ。
「子供みたいなこと言ってないで、おとなしく食べなさい。」
さっきの子ども扱いを根にもってたらしい瑛くんに仕返しされた。
「うう……」
そう言われても、辛くて食べられない。
「おまえなぁ……。あれだけ自分で香辛料入れといて、なんで作ってるときに気づかないんだよ?」
「な、なんでだろうね?」
「まぁ仕方ないよな。おまえ鈍いから。」
憐れむような瑛くんの視線がすごいムカつくんですけど。
「ちーがーいますー!
言っとくけど、辛味は味覚じゃなくて刺激なんだから!
だから私は鈍いんじゃなくて、味覚が鋭いのー!」
「ほぉ。」
いつも細かいところをついて反撃してくる瑛くんが、妙に納得したようにつぶやいたので、私は調子に乗ってさらに言い放つ。
「だから瑛くんのほうが鈍いってことなんですー!」
「刺激か……なるほどな?」
「!?」
同意された!?
なんだか不安になった私は、うつむいた瑛くんの顔をしげしげと見つめる。
瑛くん、ホントはカレーが辛いのガマンしすぎて、どっかおかしくなっちゃったんだろうか?
そんな心配まで浮かんできたところで、瑛くんはぱっと顔を上げた。
とんでもなく不敵な表情を浮かべて。
「て、瑛くん……?」
「つまり、おまえは俺より刺激に敏感だと、そういうことだな?」
「え、えぇと?刺激って言うか味覚……」
「いや、さっきお前はそう言った。しっかり聞いた。確かに聞いた。」
「ええと……ご、ごめんなさい?」
嫌な予感に顔を引きつらせて、私はとりあえず謝ってみる。
でもそれじゃすまないって気もするから、身体は勝手に後ずさってる。
「いやいや、お前の言う通りかもしれないし、謝ることないぞ?」
瑛くんはこの上ないほどいい笑顔で、じりじりと私との距離を詰める。
「近!近いって瑛く……っ!」
「……近くなきゃ実証できないだろ。」
少し動けば唇が触れそうな距離で、瑛くんはそう言って微笑んだ。
さっきまでの意地悪そうな笑みじゃなくて、胸がぎゅうっとなるような綺麗な微笑。
そして、私をその暖かな胸に抱いて
「だからおまえは鈍いって言うんだ。」
甘い声でささやいた。
鈍いかどうか確かめて
俺がいつも狙ってるって、気づいてないだろ?