「真咲先輩!」


 呼ぶ声に振り返ると、思い描いていた笑顔があった。
 ……いや、思い描いてたものよりずっとまぶしく見えるのは、ここがはね学の校内で、コイツが制服姿なせいだろうか。

 ほんの何年か前まで、自分も通っていた場所。
 けど、その時間はもうすでにオレにとって「過去」でしかなくて。
 「過去」の世界を「現在」生きている と、オレと。

 こうして一緒にいるって言うのに、とんでもなく遠く感じちまうのはなんでなんだろうな。



 かといって、オレがそれを悔やんでも羨んでもどうしようもないことは重々承知してる。
 三歳の年の差だって、大したこっちゃないと思ってるし。
 ただ、 が必要以上に鈍感で幼いせいで強調される距離感に、諦めにも似た気持ちになってしまうのも事実で。



 もう少し早く来れば、もれなくお手伝いができたのに。


 なんて冗談めかして に笑顔を向けた。





「…そっか。それもいいな。」


 返ってきた笑顔に、思いがけず心が熱を帯びて、浮かんだビジョンに微笑がこぼれたから。
 オレは手入れの終わった花壇に目をやり、誰にともなく話し出す。


「こないだ話したおとぎ話の登場人物。
 職業で言うと…まあ、宮廷のお抱え庭師ってとこか?」

 しゃがんだまま汚れた軍手を外すと、草と土の薫りが鼻に付いた。

「いつ現れるかわからない王子を待つ姫のために、種を蒔いて、花を育てるんだ。」



 オレの話を聞いてる の、まっすぐな視線を頬のあたりに感じながら、胸が詰まるような苦しさをおぼえる。
  をいとおしいと思えば思うほど、この場から逃げ出してしまいそうなくらい苦しさは増して。
 その苦しさすら、いとおしくて堪らなくなる。




「……姫が待ってるのは、王子様だけとは限らないですよ?」
「ん?」

 意味深な言葉に顔を上げると、深い意味などまったくなさそうな能天気な笑顔。


 おまえなあー……

 この状況で、この流れで、自分のコト言われてるって、なんで気づかないんでしょーかね?この子は。



「お城育ちの箱入りのお姫様には、王子様がお似合いですけど。」

 オレが小さくもらしたため息にも、まったく気づかずに。
  はぴょこん、とオレの隣にしゃがみこみ、花壇の花を見つめてにこっと笑う。

「お花から生まれたお姫様には、お城暮らしは窮屈かもしれませんよ?」
「花から生まれた…ってのは、おやゆび姫か。」
「そうですよ。」
「でもあの話も確か、最後には王子様が助けてくれるんじゃなかったか?」

 記憶の棚を探って、小さい頃に聞いた童話を思い出す。

「ブ、ブーです。助けてくれるのはツバメであって、王子様は待ってるだけなんですよ!」
「おまえ、そんなニベもない…」
「先輩、知ってますか?」


 辛辣な言葉に苦笑していると、悪戯っぽく輝く瞳がオレをとらえた。



「女の子は、白馬の王子様が迎えに来てくれるのと同じくらい、黒マントの騎士様にさらって欲しいものなんです。」


 オレを映した瞳がきらきらと輝く。
 どこまでも夢見がちな の言葉は、オレを救うどころかトドメを刺していく。



「……どうせオレは騎士ってガラでもないですよー。」
「だからいいんですよ、庭師でも!」


 思わずこぼれた情けない愚痴に、 はぎゅうっと眉間に皺を寄せて言った。


「おやゆび姫がカエルにつかまる前に、さくっとさらっちゃえばいいじゃないですか!」

 
 はさらりととんでもないことを言って、傍らに置いてたオレの軍手に手を伸ばす。


「手が土で真っ黒になるくらい丁寧にお花を手入れしてくれる庭師さんじゃなきゃ、おやゆび姫は見つけられませんよ。」



 庭師と姫が、オレと の例え話だってことに、気づいているのかいないのか。
 思わず抱きしめてしまいそうになるくらい、 が嬉しそうに笑うから。




 ……期待、してもいいんだよな?







「…さてと。昼休みも終了したし、庭師はアンネリーに戻るかな。」

 緩む頬を隠して立ちあがり、しゃがんだままの に手を差し出した。






じゃあな、お姫様。

でも、おやゆび姫にはキスしかできないな?って言ったら真っ赤な顔した姫ににらまれた。



 

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