ひしゃげたカードを丁寧に伸ばす。一度刻まれた皺が元に戻るわけはないのに、何度も何度も指先を滑らせた。
 カードに記された最後の場所は、森林公園。
 オレとが、一番多く出かけた場所。
 あいつの元春への気持ちを知る前、最後に来たのもここだったなと思い出す。



 あれはとんでもなく寒い冬の日で。
 空一面の澱んだ雲、鉛色の空。
 すっかり葉を落とした並木道を、白い息吐きながら二人で歩いた。

「降り始めの、一番最初の雪に触れると願いがかなうらしいぞ。」
 らしくもないロマンチックなセリフに、目を瞬いて空を見上げたが、降ってきた、と呟いた。
 ふわりと風に舞う雪の花。

 かなえたい願いはたくさんあった。
 野球のこと、進学のこと、将来のこと。小さな物欲まで上げりゃ、それこそ雪の数ほど。


「そんなにたやすく、願いなんてかなうもんじゃない、よな。」
 灰色の厚い雲に覆われて、高いのか低いのかわかんねぇ空。
 手が届きそうで届かない、そんな場所からひらひらと舞い落ちてくる雪に、手を伸ばそうともせずに呟いた。

「ね、志波」
 ガキみたいに空に手を伸ばしてたが、もこもこした手袋に包まれた手を下ろしてオレを呼ぶ。
 歩き出しかけてたオレが振り返ると、やたら真面目な顔してオレを指差す。
「志波の肩に落ちたのが、たぶん最初のひとつだよ。」
「……え?」
「きっと、かなうよ。志波の願い。」
 かすかに目を見開いたオレを見て、ふわりと笑ったが綺麗で、迂闊にも泣きそうになったんだ。



 誰から聞いたかも覚えてねぇ、そんな言い伝えを信じるほどガキでもねぇし、あれがホントに最初の一片だったかも定かじゃねぇ。
 現に今、オレの願いはかなうこともなく、胸ん中に閉じ込めたままだ。


 相も変わらず高いとこにある空を見上げて目を細める。
 晴れ渡った空の青に、手にした花束の青を思った。

『だったら、今からでも信じてやれよ。』
 世界で一番、ムカつく男の声がよみがえる。

「……を信じてないわけじゃねぇよ、バカ元春。」
 信じてなかったのは、オレ。
 元春を越えられねぇって思っちまってるオレ自身だ。
「前に向かって歩いてんのに、越えるも何もねぇ、か。」
 世界で一番頼れる男のセリフを繰り返す。
 解ってる。……オレはもう、今のまんまじゃいられない。

 覚悟を決めて視線を下げると、ポケットの中で携帯が鳴った。
 からの着信を知らせるメロディに慌てて携帯を取り出し、メール着信だったことに息を吐く。
 ボタンを押すとメール画面が開き、あいつにしては珍しい一文だけのメッセージが表示された。



『待ってるね』



「……待ってるって、どこでだよ?」
 簡単すぎる内容に思わず呟いて、呟いた瞬間にはっとする。

 今まで周ってきた場所全てに、との思い出が詰まってた。
 あいつと過ごした場所はたくさんあるが、まだ行ってねぇ重要な場所ならあと1つ。
 あの日、オレがに親友宣言をした、あの浜だ。
 宝探しのラストステージとしちゃ絶好の場所とも言えるが

「……らしいな。」
 自然と笑みが洩れて、笑えた自分に驚いた。
 いつもはボンヤリしてて気付かないくせに、いざって時は肝心なところを鋭く突いてくる。
「上等だ。」
 ニヤリと笑って呟くと、ようやく自分に戻った気がした。

 だが、まだ肝心な星を見つけてねぇ。
 1つ目は星座の本で、2つ目は星型のせんべい。
 3つ目は海の家で見つけた星の砂の入った瓶で、4つ目はブルースターの花束。
 だが5つ目の星は、この並木道には見当たらなかった。

「……悪いな、。」
 心からすまないと思いながらも、全速力でその場を後にする。
 だだっ広い森林公園をくまなく探そうと思わなかったのは、面倒だったからでも、言いくるめればいいなんて思ったからでもない。
 5つの星も、宝探しも、プレゼントだって正直どうでもいい。
 あいつのいる場所がわかった今
 前に進む覚悟を決めた今
 ただ、会いたいだけだ。

 いつもオレの前にいる、 











「……いない?」
 休む間もなく走り続けて辿り着いたその場所に、の姿はなかった。
 乱れる呼吸を整えながら辺りを見回す。
 汗で貼りつく服に舌打ちして上着を脱ぐ。
 ……場所を間違ったか?
 袖に引っかかった花束が、ぱさりと砂の上に落ちるのを目で追って
 僅かに残ったそれに気付いた。

「……足跡?」
 砂浜に残った足跡が続いていく先に目をやって、息を呑む。
 岬に続く、緩やかな上り坂。
 その場所に立っているのは……灯台。











 軋む音と共に、扉が開く。
 ざあっと海の凪ぐ音が押し寄せてきて、眩いばかりに射し込んでくる夕陽の赤。

「綺麗だね」
 手すりに寄りかかって、少しずつ赤味を増していく海を見ていたが、そう言って振り返った。
「ああ……綺麗だな。」
 嘘の様に静まった動悸が、再びドクドクと脈打ち出すのを感じながら、静かにの隣に並ぶ。

「……見つかった?」
 視線を海に戻したが、ぽつりと落とすように尋ねるのに
 ゆっくりと海風を吸い込んで、言葉と共に吐き出した。
「……悪い」
「?」
 の視線を頬の辺りに感じながら、暮れて行く空に目を向けたまま言葉を続けた。
「5つ目の星が、見つけられなかった。」
「ふふ……そっか。」
 怒るかがっかりするかと思ったが、やけに上機嫌で笑う。
「5つ目の星なら、最初からあるよ。」
「……どういうことだ?」
 眉を寄せるオレに、は手すりに乗せていた手を上げて人差し指を立てた。
「昨夏の甲士園の星、羽ヶ崎学園4番の志波勝己!」
「つまり……クリアってことか?」
「うん、はいっ誕生日プレゼント!」
「……サンキュ」
 とりあえず受け取ろうと伸ばした手が包みに触れる前に、がすっとプレゼントごと手を隠す。
「……オイ」
 不機嫌が声に出るのを止められず、顔をしかめたオレにごめん、と顔を伏せて小さく謝ったが、意を決した様にオレを見上げた。


「でも、志波が欲しいものはこれじゃないでしょ?」
「……え?」
 思いがけない言葉と、真剣な眼差しに戸惑う。
「志波の……ホントに欲しいものは」
 静かに言葉を紡ぐの瞳が、まっすぐにオレを映す。

「……見つかった?」



 ……そうか。
 ハッとした顔のオレを見て、思わず笑った。



「……ああ、見つけた。」
 手を伸ばすと、呆気ないほど簡単にに届いた。
 感じてたよりずっと側にいるの唇がふるりと震えて、ぎこちない微笑の形になった。
 今にも泣き出しそうなの瞳の中に、おんなじ様な顔したオレがいる。

 今日、がオレに探させてたのは、5つの星でも何でもなく、オレの本当の気持ち。
 心ん中、ずっと閉じ込めて、蓋してた思い。
 傷つくのを恐れて背を向けた、本当に欲しいもの。



『きっと、かなうよ。志波の願い。』
 あの冬の日、おまえがくれた言葉をオレは信じるから
 どうか、今まで嘘ばかり吐いてたオレを信じて欲しい。





「おまえが欲しい」



 柔らかな頬に触れていた指先を、そっと滑らせて小さな頭を引き寄せる。

「好きだ。」

「わたしも……好きだよ。」

 抱き締める前に見えたの笑顔に、思わず力がこもった腕の中から
 ついさっきまで、予想もできなかった返事が届いた。





「別々の道を……大分、遠回りしちまったけど」
 色を落とした夕焼けが、ひとつに重なる2人を包む。
「これからは同じ道を歩いて行こう……2人で、一緒に」




 あの日、雪に願った想いは
 にしかかなえられねぇものだから



When I wish upon you

09/11/24







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