灯台のある岬から伸びる、緩やかな坂道。
 俯いたまま歩いてくるが、オレに気付いてゆっくりと顔を上げる。
「あ……」
 志波、とオレの名を呟いたの唇が小さく震えて、慌てたように引き結ばれた。
「……。
 ……お疲れ。」
 声にならずに詰まった言葉を、やっとの思いで吐き出すと
 僅かに見開かれたの瞳が、見る見るうちに潤み出して。
「……うん。」
 涙を隠すように顔を伏せて、口元だけを無理矢理に微笑ませた
「今までありがとう。
 話、聞いてくれて。」
 震える声で告げられる感謝の言葉に、心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚えて

「これで終わりみたいな言い草だな。」
「え?」
 オレの言葉に弾かれる様に顔を上げたの、涙に濡れた頬から巧く目を逸らしながら
「卒業したら終わり……ってもんじゃないだろ?
 友情ってやつは。」

 ざあざあとやたら耳障りな波の音。
 傷ついたを癒せるのは自分だけなんだと、歪んだ心ん中で哂ってたんだ。



 だけど今でもの心には元春がいて
 オレは今でもただのダチだ。
 そうなることを選んだのは自分も同じだったはずなのに
 消えることなく膨らみ続けるへの想い。
 どうすればいい。
 どうすれば良かったんだ。
 正解なんてあったのか?
 だってそうしなければを失ってた。
 片思いの相談相手を務めることで、の隣にしがみついてたオレ。
 『親友』って立場を強調しなけりゃ、に必要とされなくなっちまうじゃねぇか!



 投げ捨てたカードが、しつこく手のひらに絡みつく。
 ……そうじゃない。カードがひしゃげてしまうほど、強く強く握り締めてるのはオレだ。
 こんなの欠片にまで、しつこく縋りついてんのはオレの方だ。
「いい加減にしてくれ……」
 消えてくれよ、頼むから。
 苦しくて仕方ないんだ。

「いつまでそうやってる気だ?」
「…………。」
 元春の声に、うつろな視線だけを向ける。
 それすらなんだか億劫で、声に出して答える気すら起こらない。
 いつまで、って
 の心から、元春が消えて
 オレの心から、が消えるまで。
 ……そんな日が来るのか?本当に?

「いつまでそうして、一人で立ち止まってる。」
「……うるせぇ」
「いい加減足踏み出さねぇと、ホントに置いてかれちまうぞ?」
「誰のせいだと思ってる!!」
 ずっと溜め込んでた苛立ちを、元春に向ける目にぶつけた。

「そりゃ、おまえ自身だ。」
 なのに、まっすぐに向けられた眼差しは、オレのそれよりずっと力強くて。

「……ホントは、自分でもわかってるだろ?勝己。」
「……っ」
 目を逸らすオレにため息を吐いた元春が、側にあった小さな花束を差し出した。
 視界を掠めたそれに視線を奪われたのは、その花の形。
「ホラ、持ってけ。」
「……4つ目の、星?」
「ルリトウワタ、別名ブルースター。
 本来は花の時期じゃねぇが、ブーケなんかに使われることが多いから温室で育ててたんだ。」

 差し出された花に、躊躇う。
 ……は本当は、オレの誕生日なんて祝う気ないんじゃないか?
 オレはただの口実で、身代わりで、本当に側にいて欲しいやつは……
「花言葉は……信じ合う心。」
「!」
「ぴったりだよなぁ、誰かさんたちにゃ。」
「………そんなんじゃ、ねぇ。」
 そんな、いいもんじゃない。オレたちは……オレは。
 オレはただ、自分のために親友を演じてるだけで
 がオレに向ける信頼も、今のオレには本物かどうかもわかんねぇ。

「だったら、今からでも信じてやれよ。」
「……?」
「今日を祝うために、がどれだけ手をかけたと思う?
 オレが手を貸したのはカードのアイデアと、あとは出勤ついでにプラネタリウムの扉にくっつけたくらいだぞ?」
「…………。」
 いつも、見透かされてしまうのが悔しい。
「ここで投げ出せるくらいなら、最初っから苦労なんてしねぇだろうが」
 いつも、オレが手探りで進んでる道を、するすると進んでいく元春が妬ましくて
「……いつになったら、オレは元春を越えられるんだろうな。」
 オレの敗北宣言をがははと笑い飛ばした元春は、懐かしいものでも見る様に目を細めた。

「別々の道を前に向かって歩いてんのに、越えるも何もないだろ?」










 灯台の前、夕焼けに染まる海を一人で見てた。
 来ることのなかった想い人。
 自分自身で幕を引くには、諦めて踵を返すには、共に過ごした日々は愛しすぎて。

 卒業式の日、気持ちを伝えようとを追った。
 ここにいるだろうなんてことは、簡単に予想ができて。
 オレを待ってるわけじゃないのも、わかってた。
 それでも、この日を逃せば、この先に伝えることはないだろうから。

 だけど、オレは逃げたんだ。
 の姿に自分を重ねて
 それ以上に傷を負うだろう自分を確信して

「いつか、おまえが言ってた男女間の友情。
 充分、成り立ってる。」
 そんな言葉で。


 事故のキス、偽りの友情、隠し続けた本当の気持ち。
 嘘ばかりを積み重ねてきたオレを、あいつはまだ信じてくれるだろうか?









05・ばかり吐いた。
誰も傷つけないことが優しさなんだと思ってた。
09/11/21







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